奇抜な名前の高級食パン店を大ヒットさせたプロデューサー、そのノウハウを明かす
<高級食パンブームの仕掛け人にして、繁盛請負人。ベーカリープロデュ―サーを名乗る岸本拓也氏は、なぜ独特なネーミングのパン屋を作り、どうやって行列店にするのか。成功の秘訣は「人生の棚卸し」そして「データと感性のかけ算」だという>
全国に5店舗を展開する高級食パン専門店「考えた人すごいわ」の横浜菊名店(『「考えた人すごいわ」を考えたすごい人』口絵より)
「考えた人すごいわ」
「キスの約束しませんか」
「生とサザンと完熟ボディ」
「あらやだ奥さん」
「おい! なんだこれは!」
意味が分からないだろうが、これらは全て、パン屋の店名である。それも、高級食パンの専門店だ。
不思議な店名のパン屋......。一体どんな人が考えたのだろうか?
ベーカリープロデュ―サー、岸本拓也。
オープン初日から行列を作った「考えた人すごいわ」清瀬店の外観(『「考えた人すごいわ」を考えたすごい人』口絵より)
彼こそがこれらのパン屋をプロデュースした人物であり、全国に広がっている高級食パンブームの仕掛け人でもある。新しくパン屋を始める人に向けて、開業のサポートやプロデュ―スをする会社を経営し、これまでに国内外で160店舗以上を手掛けてきた。
岸本氏がプロデュースしたパン屋は、その独特なネーミングから話題になるだけではない。開業から時間がたっても飽きられることなく、行列を作り続けているという。そのため、「ガイアの夜明け」(テレビ東京)に出演するなど、ビジネスパーソンとしても注目されている。
繁盛請負人とも呼ばれる岸本氏だが、このたび著書を出版した。その名も、『「考えた人すごいわ」を考えたすごい人』(CCCメディアハウス)。自身の経験と考察から生まれた「売れちゃう法則」を、マーケティング、ブランディング、プロモーションの面から提示するビジネス書だ。
<事業を始める人に「人生の棚卸し」を勧める理由>
何のために独特なネーミングにするのか。そんな店名のパン屋をどうやって繁盛させるのか。こうした疑問が頭に浮かぶが、岸本氏がまず述べるのは「金儲けだけをゴールにしてはいけない」という心構えだ。
もちろん、ビジネスとしてお店を出すからには、お金をもらうのは当然のこと。しかし、金儲けだけをゴールにしている人、おいしい話につられてしまうような人で、成功している人を知らないと彼は言う。
金儲けをゴールにしても、最初の一瞬は儲かるかもしれない。しかし、商品の魅力を深掘りしようとしなくなるため、あっという間に飽きられて他店に抜かれてしまうのだ。
事業を成功させるには、商品作りの技術という縦軸の深掘りに加え、「自分は何をやりたいのか」という横軸の「コンセプト作り」が大切だと、岸本氏は言う。そうでないと「なぜ、この仕事をやるのか」という本質を見失い、目先の利益に走ってしまうことになる。結果的に、割に合わない事業になりかねない。
そこで、事業を始める際に岸本氏が勧めているのが「人生の棚卸し」だ。自分の本質が何であるかを自問自答し、自分らしさを見つける作業である。彼がプロデュースする店のオーナーにも、必ずこの話をするという。ちなみに岸本氏自身のコンセプトは「パン屋で街を元気にする」だ。
<もともとはホテルマン、震災被災地での経験で確信した>
岸本氏がプロデュースした高級食パン店のひとつ(『「考えた人すごいわ」を考えたすごい人』口絵より)
もともと岸本氏はホテルマンだった。ホテル業界で培ったホスピタリティとおもてなしの心は、現在の仕事にも影響している。また、当時ベーカリー部門のマーケティングを担当したことが、パンの世界に興味を持つきっかけともなった。
2013年、すでに自分のパン屋を開業していた岸本氏に、東日本大震災の津波で大きな被害を受けた岩手県大槌町から、パン屋プロデュ―スの仕事が舞い込んできた。公益社団法人が大槌町の人にヒアリングしたところ、パン屋さんが欲しいという声が多かったという。
そこで岸本氏が大槌町にパン屋を作ったところ、子供から高齢者までたくさんの人が来店。涙を流して感謝してくれる人もいた。街に笑顔が増えていく様子を目の当たりにして、岸本氏は改めてパン屋の持つ力を確信したそうだ。そこから、パン屋をプロデュースすることで日本中を元気にしたいと考えるようになった。
<どんな仕事、どんな役職でも「クレイジーであれ」>
人生の棚卸しをした、それで自分の個性が見えてきた、でも、それに自信を持てない――そんな人もいるかもしれない。
それでも、岸本氏は「個性というのは思いっきりはみ出るくらい突き詰めたほうがいい」と言う。「クレイジーであれ」というわけだ。「クレイジー」と言っても、派手な服装や行動をしろというわけではなく、「既成概念にとらわれるな」という意味である。
「パン屋というものはこういうものだから」と思ってしまうと、人を喜ばせられるような新しくて楽しい発想は出てこない。岸本氏にとってパン屋とは、おいしいパンを提供するだけでなく、人がその店に来たくなるような、または来店した人が店のことを誰かに話したくなるような「楽しい体験」を提供する場でもある。
どんな仕事でも、役職があってもなくても、その人に適した場所で、ベストな力を発揮するためには、それまでの慣習などに縛られず、自分の仕事が提供できる価値を徹底的に考えて振り切ることが大切だ。覚悟を持って振り切ってしまえば、もし失敗しても納得して次にいけるのだという。
<「データ」と「感性」のかけ算がヒットを生む>
既成概念と言えば、岸本氏プロデュ―スのパン屋の特徴は、なんといってもその店名である。ユニークなロゴ、パン屋とは思えない店舗のデザイン。初めて見た人が「何これ!?」と思うようなブランディングは「岸本流」の真骨頂だ。
ブランディングを考えるうえでインパクトは重視しているが、ただ目立てばいいというわけではないのだそう。どんな店にするか、どんな風に売り出すのかを具体的に考える前に自分のビジネスの本質に立ち返ることが必要になる。
<日本の企業はデータに頼りすぎて失敗しがち>
岸本氏がプロデュースした高級食パン店のひとつ(『「考えた人すごいわ」を考えたすごい人』口絵より)
岸本氏は、2013年の大槌町での経験から常に一貫して「老若男女に愛される」「街を元気にする」パン屋を作ろうとしている。そのため、世代や嗜好に関係なく食べてもらえる食パンを販売しているのだ。
このように、自分のこれまでの経験から作りたい店や扱う商品の「コンセプト」と「ターゲット」を明確にしておくことが、何より大切だと岸本氏は言う。
日本の企業でありがちなのが、データに頼りすぎて失敗してしまうこと。確かにデータは大切だ。店の立地や客層など、データを常に気にしておくことは基本中の基本。ただ、それだけでは「売れる商品」にはならない。
ヒットさせるには、その店や商品ならではの個性と付加価値が必要なのだ。その個性や付加価値を生み出すためには、お客さんを迎え入れる店(経営者)の側も、身をもって楽しい体験を積み重ね、自分の中に「幅」を持つことが不可欠になると岸本氏は言う。それがその人の「感性」になる。
また、逆に「感性」だけに頼って失敗しているケースも多い。優れた感性を持った人でも、それを多くの人に喜んでもらえる形に落とし込むにはデータが必要だ。もし奇跡的に感性だけでヒットしたとしても、データなくしてその人気を長く持続するのはかなりの強運がなければ厳しいだろう。
とはいえ、大衆に受け入れられようと「データ」に合わせてしまったら、「感性」は死んでしまうのでは? そんな疑問を持つ人もいるかもしれない。
そのバランスを取り、データを踏まえつつ感性を活かしたビジネスにするために必要なのが、「人生の棚卸し」で見つけた「コンセプト」と「ターゲット」である。その軸さえあれば、データに振り回されることなく、自分だけの感性を表現するのに必要な形が見えてくるはずだと、岸本氏は断言する。
例えば、岸本氏のブランディングの特徴として、すべてに共通しているのが「わかりやすさ」である。奇抜に見えても、ビジネスのターゲットが老若男女問わず、すべての人であるため、店名に小学生が読めないような難しい漢字や外国語は使用していない。
目立つ、今っぽい、オシャレと言った表面的な考え方ではなく、自分の志から導き出されるセオリーが必要なのだ。それがないと、流行に乗っただけの店になるか、奇抜なだけの近寄りがたい店になり、一貫したブランドとしての魅力を持つことができないという。
インパクトがある店名は、「岸本流」ブランディング術、マーケティング術、プロモーション術のごく一部に過ぎない。岸本氏のビジネスノウハウが詰まった本書は、自分にとって仕事とは何か、そして、自分の仕事で生み出すことができる最大の価値は何かまでをも考えさせられる一冊だ。
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